うな行動をしなければ

ブログを書くモチベーションは、何か?
なんなんだろう、、、
皆さんのブログを読んでテーマのヒントをいただいたりするものの、、、
気力が衰えるのは、低迷する閲覧数にも影響がある。
気にするな!他人軸!
とは思うが、モチベーションの元の元に顔を覗かせるのは、やはり自己表現することが、ささやかな自己実現の一つかと思ったり。

最近は自己顕示欲は、なりを潜めた。
自分をアピールしても、自分の根本はよくわかっているので、自分独自の力、能力をアピールしているのではなく、自分の周りをアピールしているに過ぎない。
恥ずかしい。真っ赤になる。
運と要領だけで生きてきた自覚があるため、「いいえ、わたし、努力してます」と言い張るとすると、その努力は、客観的にみて胸を堂々と張れないものがある。


自分の力でもないのに、自分の特権を余すことなく使い、なおかつ、意識的にアピールしている人がいる。
○○夫人。
○○を取ると、ただの何の特権もない人。
○○が付いている人ほど、○○の名に恥じぬよう、ヘマをせず、見本となるような行動をしなければならない。
一般人なら、たんなる朗らかな天然さんだったとしても、国の長ともなる人なら、夫人の行い一つで、命を絶たなければならないような苦境に追い込むことがある。
自分の行動には影響力があるという自覚が必須。

国の長などは、その時々には1人しかいないから、そう大勢ではない。
選び抜かれた人なので、脇はしっかり固めていることだろう。
が、天然夫人には政治生命の命取りになる。

と、トップはそう。
下々の○○夫人。
野球選手夫人には超美人が多い。
なぜなんだろう。
理由は想像するが、書かない。

今の世の中、美人だけでは、ダメだ。
最近亡くなった、アイドルメーカーの名プロデューサーが言っていた。
黙って可愛いだけ、はダメ。
発信力が必要と。
なるほど。
○○夫人もそうなのではないだろうか。
お金の匂いプンプンの発信力は、とても恥ずかしい。
本人は自慢しているのだろうが、わたしは真逆に捉える。
イタい。みっともない。品がない。
無知。認知力なし。
社会活動、奉仕活動、ボランティア、寄付なら悪くない。
が、世の中、お金の力で行うことは多い。
アイドルが売れるのも最初はお金の力。
時代を読み、原石を見つけるプロデューサーの眼力、手腕が問われるところだが。

感謝の気持ちはないという

美輪明宏さんが、TV(Eテレ)で人生相談を受けていた。
質問者は女性。
恋の悩み。

連れ子あり、バツ2の女性。
実家のお寺を継ぐにあたり、自分の女性としての人生を諦めるべきか?
条件にぴったりの男性が現れて、子供もなつき、その男性は資格取得にも前向きに動き、結婚するには最適。
だが、その人との結婚は、情はあるが愛がない、と相談者の女性は二の足を踏んでいる外賣盒批發

美輪明宏さんの発言。

あなたは、女としての道を選ぶのですね。
まだ恋をしたい。好きな男に抱かれたい欲求があるのですね。
そうするなら、実家も捨て、子供をシングルマザーとして育てられる経済的自立も精神的自立も不可欠です招牌設計
恋を手に入れるには相当の覚悟が必要だということを自覚しなさい。

ぴしゃり。
気持ちいい答え。  
確かに、その通り。
悩みとは、、、どっちつかずの時に生じる。
どうしようか迷う。
片方を捨て片方を選ぶと、捨てたほうが諦めがつかない。
両方捨ててリセットする勇気もない。
片方だけでも残れば良いのでは?

わたしが印象に残ったのは、、、
「あなたはまだ恋をしたいんですね?」
恋していない相手と結婚したら、恋の望みが絶たれるということ。
しかしまあ、相手の男性がとても気の毒だ。
恋してなかろうが、条件を全て飲んで連れ子の父親になって結婚してくれる男性に対して、感謝の気持ちはないということ。
おんなごころは複雑。
美輪明宏さんのほうが、ずっとおんなごころがわかっている。
自由と義務。自由と責任。
自分の思いを叶えるためには、何かを犠牲にしなければならない月餅盒

絵付きクイズが付いてい

昨年末から、わたしは「バーコ」という愛称で呼ばれている。
(ちなみに夫は、もし呼ばれるなら「ジーコ」。呼ばれてないけど)
ネーミング人は、3番目孫(6歳女児)。
彼女は去年前半までは、自分のことを「うる」と名乗っていた。
名付けは自分。
「うる」の後、「ハート」だとか、「◯◯(忘れた)」を名乗るとのことだったが、定着せず流れた。
今は、本名で、とりあえずいっているv 面

わたしは、「バーコ」という名前、気に入っている。
関係性もよくわからないし、女性なんだか、どこの国の人なんかんだか、年齢、性別、国籍不明で楽しい。
彼女は、お話作りが高じて、自分の文と絵、紙作品をセットして製本している。
材料はうちにある紙と鉛筆とボールペン、使用済みのシール、セロハンテープとハサミを使う。
本の後半は、手作りの立体的なリボンや指輪などが貼り付けてあり、最後のページでは、絵付きクイズが付いている。
「クイズまで付いてるんやね」とわたしがクイズの答えを言おうとすると、
「(自分よりずっと)『小さい子』用やから」と一言説明。
どうやら(自分より小さい)幼児向けらしい。
物語は、「たからじま」というタイトル。
(「ゆびわつき」という文字が表紙の下あたりに書かれている。作者のペンネームかと思ったが、ちがった)
「のんきい」という名前の象が旅に出るお話なのだが、1ページにつき1文、1つの絵黑頭粉刺清除

「ぞうの のんきいが いました」
「のんきいは ぼうけんがだいすき」
「あるひ、たびにでました」
「おわり」
で、話は始まったかと思いきや、いきなり終わる。
次のページからは「ぬりえ」と文字が書かれ、塗り絵の元絵(線画のみ、着色なし)が描かれ、その次のページは「ツールつき」と書かれ、付録に移る。
面白い発想。
色んな販売されている本やキットを参考にしていると思われる。

インプットされた情報を自分流にアウトプットしている。
紙を細く切って丸めて作った指輪や、両端が膨らんだリボンなど力作のチャームグッズの数々をセロハンテープで貼り付けてあるのを見ると、一生懸命作った様子がうかがえて微笑ましい。
上2人孫(男子学童)は大阪市内で催されている電車関連イベントに、おじいちゃんが連れていってくれている。
そして、両親が用事で居ない間、我が家に先行投入されたちびっこ女児孫たち。
彼女のパパは、作品を見て、「象の名前が良い名前やなあ」と言っていた。
わたしは、パパの感性が良いなあ、と思った去暗瘡印

ピンチヒッターで保育所お迎えに行くと
「ばあちゃん嫌い。ママがいい」と泣かれたことも度々あるが、まあ普通によくあること。
成長をたっぷり楽しませてもらっている。
ありがとう。

うちに眠りに落ちてい

この番組について、わたしとの関わりは昨日、ブログでアップしたばかり。
なので、気合いを入れて画面を見つめる。
また寝てしまってはシャレにならない。
・・・が、まるで麻酔を打たれたかのように、ふわぁ〜っと知らないうちに眠りに落ちていた。
司馬遼太郎さんの高尚なお話、語り口と、わたしの脳波が(睡眠導入に)ピタっと合うのだろうか。
まるで魔法にかかったかの如く。
だが、最後のまとめ部分には目が覚めていた。
大事なところだけ起きているのかも。
ある意味、要領が良い箍牙

ちなみに。
わたしは、自分が書きたいことと、読む側が読みたいこととが乖離している。
もっとわたしは忖度すべき。
ではあるものの暴走、我が道を行く。


話は変わるが、「歩く会」に本日、参加した。
ただただ黙々と脇目もふらず歩くだけ。
途中休憩もなければ、ランチタイムもない。
だらだら歩いていると、遅れて1人だけになってしまい、進む道がわからなくなり迷子になる。
なので、うんと遠くても前を歩く参加者の後を付いて行く。
参加費用は、保険料プラスα。500円。
参加者160人超え。
主催者によっては300円だったりする。
2時間歩き通して11キロ。
疲れた電動牙刷比較

足首に、mont-bellで購入した立派な靴で靴擦れが出来て歩く度に擦れて痛い。
咲き誇るバラをスマホで撮っていると遅れる。
楽しそうな家族連れやカップルが、臨時開設店舗やテラスでスィーツを買ったりしているのを尻目に、ああ、アイスクリーム食べたいなあ、いいなあ、、、家族や個人で来ていたら、自由にフリープランで楽しめるのに、、、と、日差しがきつくなる中、腕まくりをして歩行速度を上げる。

しかしまあ、楽しいか?といえば、そんなことはない。
ある人に強く誘われたので参加したに過ぎない。
1人で歩くより大勢で歩くほうが、寂しくないとか。
何故歩く会に参加するかというと、家にじっと閉じこもっていても何もすることがないそうだ。
歩くという行為は健康維持には欠かせないとのこと。
別に楽しくて歩いているわけではない。
健康のため、というのは良いが、他の理由はずいぶんネガティブである。
わたしも断りきれずに参加したが、あと何回参加したら断れるだろう?と、決して前向きではない。
あまり好きではないことは続かない。

17年前にスポーツジムに通っていたが、自分に鞭打って頑張って、嫌だけれど健康のために行っていた。
何年か後にやめた時は、とても嬉しかった。
やはり無理をしていた滅蚤

前を通る自家用車のライ

昨日から別の小説を読みはじめた。
またまた古い作品。
山﨑豊子の「女系家族」。
令和の時代に「何を今更」的作品。
文庫本末ページには、昭和41年10月20日発行、昭和50年11月10日18刷と記されている。

その本は、2階にある元・長男の部屋の本棚からチョイスした。
元・長男の部屋は、わたしが今は寝室として使っている。
この部屋には横長のロフトがあり、天井が山小屋みたいに三角に尖り、ロフトの前には、まん丸の大きな、はめ込み窓がある。
まん丸窓から射す灯りは、太陽の自然光だったり、街灯だったり、大きさや形が変化する、家の前を通る自家用車のライトだったりする。
その明かりを下方から見る。
見なくても勝手に視界に入って来る光子嫩膚
2階は長男の部屋だけ、当時の長男の要望で畳敷きにしている。
勉強机を置いている床の面だけ、板張り。

そう書くと素敵そうなイメージだが、(気に入っていることは気に入っているが)エアコンがいつの日からか壊れている。
今年の猛暑も扇風機。
ちょっと前は、大きな団扇だった。
手動。ぱたぱた。
エネルギー源は電力でも風力でもなく、生身のわたし。
何時代に生きている人間なのだろう、わたし助聽器邊隻好

今年の記録的暑さは尋常ではなかった。
が、よくも倒れもせず(倒れたまま)、高温の、もあっとした部屋から朝になると生還出来たものだ。
帰宅時に閉め切った部屋の温度計は36°以上。
窓を開けてもさほど風は通らないし、室温もそう変わらない。
ではあるが、なぜか、この部屋で寝る。
というか、他の部屋で寝る気があまりしない。
一晩中エアコンをつけると、身体がだるいような気がするからだ。
床(畳)に直接、布団を敷くため、床すれすれの位置に身体を横たえる。
窓の開口部が床の位置まで来て、開いているので、外から微かに流れてくる風が、それより上からの空気よりほんの少しだけ冷気を帯びることがある。
わたしはなぜか、それが好きなのだ。
とは言うもの、酷暑には無駄な抵抗だったが。
朝まで、もわんもわんとした熱気に包まれたままということもある。
それを扇風機でかき回すだけ。
顔に、もわんもわんの風を当てる。
パジャマは汗だくhairless 脫毛好唔好

はこころの病気になるだ

それにしても、ダミ声女性。
なんども振り返ってしまうほど、わたしとは接点も縁もないタイプ。
年齢だけは同世代と思われる。
場所が大阪市内のど真ん中、しかも、梅田とかではない、ちょっとディープな地域だからだろうか?
どうすれば、あんなに、オール・マイナス要素の掃き溜めみたいなキャラクターが形成されるのだろう。
どんな生き方を積み重ねると、あのようなテイストが醸し出されるのだろう。
マスコミで報道されたり、映画やドラマで見て想像する、犯罪関係者的ニュアンスが漂うイメージ。
もし、あの女性が、同じ地域に住むか、同じ職場にいるか、親族にいるか、だったりして、頻繁に関わりをもたなければならなかったり、利害関係があったりしたら、わたしはこころの病気になるだろうmyob 價錢

というぐらい、、、しかし、わたしが知っているのは、彼女の肩から上の後ろ姿と声と話し方、内容の一部だけである。
決め込み、決めつけが著しいが、だいたい予想は外れたことはない(と自分では思っている)。
(しかし、今までの経験からすると、思い込みは結構激しいようにも感じるが、感受性が強く、どんどん想像が膨らみ、早とちり傾向もあるように捉えられなくもないが。
後になって、なあんだ、思ったほどのことはなかった、ということは、ないことはない、、、
と、自分の間違いを認めたくないものだから、読みづらい文章表現「二重否定が続く」背景、原因、解説を見苦しく付け加える)


で。
なんと長い、まったく見ず知らずの、なんの接点もない彼女の悪口を書きまくったが、、、
驚いたことに、その話を対面で聞かされていた相手は、恋人ではなく、女性だった。(今の時代、同性の恋人かも知れないが)
おかしいなあ、、、腕や袖口イメージでは男性だったのだが、、、女性もある年齢を超えると中性を超えて、逆の性別に変化するのだろうか、、、。

そして、次に、その同性の相手が口を開いた。
今度も一方的にペラペラ状況説明。
その後、またまた一方的に意見、感情を延々と。(話の中身は、人間関係が絡む、職場、仕事の仕方について)
ダミ声女性は、一言も発せず。
この二人、かわりばんこに、感情の吐き出し合いをしているのか、、、。
道理で相手がしゃべっている間、もう一人の人は、なにも話さないはずだ。
相手が話し終わるのを待っている、順番待ちだったのか。

相手にとっては、全く興味のない話であっても、聞いてもらうとスッキリするのだろう。
わざわざ人に話す内容ではないと不思議ではあったが、内容よりも、話すこと自体に意味があるようだ。
気が晴れるんだろう。
わたしのブログと同じだ政策性金融债

ランチタイム、お昼休みのひとときを、こころのリフレッシュに使う人々だった。
わたしは、同じ時間帯、彼女たちとは背中合わせで、スマホ端末の説明を受けていた。
どっちが有意義か、なんて比べる意味がない。
どちらも、それぞれの思い思いの時間の使い方をしている。
ランチタイムが終われば、それぞれの持ち場に戻る。
大阪ディープ喫茶店は、同じ時間、同じ場所に、いろんな人が交差する。
そんじょそこらのテレビや小説より、ずっと面白い。

と言ったような気がする

バス乗客の会話。
ご年配女性二人が隣同士で座っている。
片方の人が話す。

単語がことごとく出てこないので、会話の内容は隣の人に伝わらないだろうなあと思う。
が、音声が口から出て、何かを話したいという思いは伝わる香港 醫 美

あれ、です。
えーと、なんですかね、あれが、こうなんで、だから、わたしが、こうしたんですけど、それがまた、あれなんで、やっぱり、こうですね?。 
それでね、あれは、ねえ、あれですわ。

みたいな、自分の言いたいことを話したいのだけれど、思いが先で単語が出てこない状態。
人ごとではない。
わたしもTVで見た面白い実験の話を次女にしようとしたら、まあ単語が出てこないこと、出てこないこと。
何を言っているのか、さっぱりわからない。
焦って、例として似たような番組があるのでそれを言えば説明しなくてもわかるだろうと言おうとしたら、今度は番組名が出てこない。
次女が代わりに「ピタゴラスイッチ?」と、助け舟。
そうそう、それ。
唯一、はっきりしたのは、次女の口から出たピタゴラスイッチだけ。
情けない、、、。
番組の仕組み(各3グループに分かれて競う)を説明できないなんて。

→謎の夜会で超一流エンジニア3チームが極限の格闘技!おもちゃ?家電を怪物マシンに!鳩時計を大改造、鳩を高さ8mのカゴに入れる鳩入れ!必見バトル減 雙下巴

こう説明していれば、わかりやすくシンプル、正確だけど、コピーペーストしているので、自分の力ではない。
やはり自力で自分の脳を通してアウトプットするのが、例え時間がかかって拙くても価値がある、と自己擁護。
しかし、次女に説明した時は、口から泡を飛ばしながら(誇張表現です)、「オモチャの鳩を高さ50メートルの籠に入れる競技」と言ったような気がする。
50メートルな時点で、次女の想像力をおかしな方向に持って行ってしまっている。

科学分野なんだけど、化学でなくて、物理で
、、、しかも法学部出身の文系の人もチームにいて、理系とは限らなくて、、、と必死で説明した。
次女は、わたしの大幅に間違えている説明にも呆れずシャッポを脱がず(→死語らしい。しかも使い方、間違えているし)
ちゃんと聞いてくれ、
「チームで皆んなで力を合わせて頑張るのは良い経験になるし、わたしは好きやわ」と感想を言ってくれた。
親孝行だなあ、、、と感激した。(たまたま時間的、精神的に余裕があったHIFU效果?)

いつも長女には相手にされないので。
(次女にも相手にされないことも多いが)

ちなみに、「NHK教育12チャンネル」と趣味仲間に言った途端、「12チャンネルて、いったいいつの時代なんですか??」とすごくすごくバカにされた。
バカにする仕方が、いかにも鬼の首を取ったかのごとくで、ムカついた。
わたしと、この人、ドングリの背比べ。
同レベル。
アンタにゃ言われたくないわ、の部類。
と同時に、わたしも同じようなことを言っているんだろうなあと自省、自戒した。